どんな状況に陥っても自分には絶対に負けない
(エス
明日の今頃には上手く笑える、そう何事もなかったように上手く笑える。ってそれじゃ駄目じゃん。最近一日がふわふわ終わりすぎて駄目じゃん。反省つける価値のない一日が終わる。いっそ自分一人だと思ってトンネルの中を潜るように過ごしてみようかと思ったけれど、それも駄目じゃん
気候
9月に入っても猛暑日は続く、ただ初めて酷暑日を体験したときは辛口のキムチラーメンを身体全体で食べたような感じ。身体が暑いじゃなく辛い。最早味覚の領域だったよ。病みつきにはならんかな
女の勘
そろそろ店仕舞いの領域に立っていたら後ろから差し向けられる手が、女性も十二分に感じているんです。女を一言で表すならばX。不明という、いつ触れてもわからんという。次脈がなかったら覚悟しとけよという、うんうん僕のデンジャーな人生に正にしっくりくる。傅き過ぎず。またほったらかしにし過ぎずこのバランスがむずいニャー
勉強
停滞中、電卓の練習を専らやっていてブラインドタッチがスムーズにいくかを試している。10キーから学ぶことが多く、ここで基礎の感覚を身に着けてから普通の電卓を打ってます。不思議と頭に数字が入ってくる
昨日はバレーが負けたし野球も負けたし散々な結果だった、だけれども収穫の様なものは少しだある。信じる事と人がいるだけで人は強くなれるってね
理論暗記を取り入れるようになってか全体像が少し見えてきたかな。なぜか簿記一級ともう一つが苦手意識がなくなって。根拠がないのに無理ゲーじゃないと思うようになっている。却って簿記論に至ってはまだ先すら見えない、勉強すればするほど遠ざかるような感じ。この乖離は至極当然なのですが我々は致命的なミスを犯してしまった。デジタルに置換されると手も足も出ない現状が浮き彫りになりました。
スーフォア
なんか試乗動画見ていると羨ましいイークラッチだと4速だろうがそのままでストップできる。とにかく左手が空くのだから、カブの遠心クラッチに似てるのかな。あれもクラッチなしでギアチェン出来るし。今後これが標準になるかはわかりませんがVTECを標準で搭載するより恩恵がわかりやすい。CBRもいい感じでこっちを敢えて乗ってみたいカウルついてないと結構走行って厳しいから
シェンロン、ポルンガ、ジェットストリーム
昨日の面会には面食らってしまったまたドラゴンボールかと思って半分怒り交じりに出ていったらなんだピーさんか、どの色にも染まっていないので存在すら忘れてはいたけれど。シェンロンが龍、ポルンガが人魚だとするとジェットは百足。この辺りに世界というか次元の凄さを知る。こういう自分もいるから安心できる場合だってあるしこういう自分がいるからやってられないよという場合もあるそんな時にお願いをしてなだらかにしてもらうのが肝だった。特に住んでいる世界によって変わるんですが家はなぜかシェンロンが蚊帳の外でポルンガがメインになる。アマーンに関しては特別な感情があって大事にしなきゃならんと云うのと本当は地球のことだけ考えるのならばとキリエに走るときもある。要はシンボルが分散化してるんですね。夢のことも考えなきゃならんし、次元のことも考える時代になっている。目指す時代は一体何なんだという一種の錯乱の様なものがある。しかしポルンガ、アマーンの時もボールがでかいなと思ったけれど今度はバランボールくらいあるからね。オプションで願いを9つに拡張しても良いというけれど、一発の重みを感じるならキリエに軍配が上がる。第一願い事ってそんなにあるものじゃないし
アマーンの言いたいことは始めたのならば最後まで貫徹せよという訓示だった。我々も十二分にわかっております
日曜
軽く勉強して将棋見て、デーゲーム見てそしたら時間はあっという間。特にバレーが負けたのはショックだったのですよ。タイが強すぎたのもあるけれどここまであっさり負けると。アマーンの威光の片鱗を見てしまった感がある。決してレナのように滅茶苦茶若いというイメージじゃないけれど今が女の盛りだというそういう状況を魅せてくれるな。と云うのも最初から最後まで首尾一貫してるの暫定で彼女だけで他の人も確かにいるけれど距離も遠いし急先鋒でもない。次第に視野角が絞られてきたら。一択になる可能性もある
昔からどうもマダムの後追いというか二番煎じ感が否めなかったんですね。オフィスにいる二人見ていると上司と部下のようで。そんでもってマダムが卒業したら一線に出ていたけれど次も僕らはマダムの方に行ってしまうし。どうにも女の世界って苦しいものがあるよ。ショーウィンドウケースからは出られない暗黙のルールがあるようで
しかし勉強もこんな分量じゃ全く足りない。財表の計算問題も見ているけれどこの仕訳の雨嵐が簿記なのよっていうのと推定簿記で穴埋めするのがthe簿記なのよっていう意見。実務だと多分パズルの様な穴埋めになるんでしょうかね。財表の仕訳は狂っても痛くも痒くもないんですが、簿記論の仕訳は致命傷に感じてしまう、実際そうだし。心の重みが違うぜよっていう。一番触れているはずなのに全体像が全く捉えられないの。財表に関しては理論問題が厄介だけれどそれでも手応えというか手に取ってわかるような気もするし。何なんだろう、少し狼狽している
後はミリちゃんと兼ね合いを執るべきかなと思っていたら私一人で十二分とアマーンは貫徹の姿勢。しかしこのプロジェクト終わりそうもない。どこかでふんぎりつけないと勉強量半端なじゃないし。まさかこの年になってこんなに勉強しなきゃならんとは。高校時代も勉強ばっかで五月蠅いなと思っていたけれどここまで理不尽な量じゃなかったし。大人になると余計に辛くなるんですね、怖いですね。っていうか今まで勉強してこなかったつけが回ってきただけであって。
きょうはエンタメがないですがこういう日があります。なぜなら一日淡白に過ごすと書けないことだらけ。一日の経験に文章もネタも活きる。だから何かあった日じゃなければ文章ってなかなか書けない
きょうも同じような日が来ないようにとんでもない目に遭うのも良いかもね。
