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受験に落ちた話でもいつか笑い話になります

(塾講師

高校は私立を受けてその後公立を受ける、いわば公立の滑り止めという位置づけが強かった、当時大濠も受けれないなんてと母は嘆いていた無理もない勉強ほっぱらかしでスクウェアのゲームに狂っていた、当時勉強しないことで恐ろしいことが待っていたなんてなんて思いもよらなかった、担任も自分を大事にしてくれる高校を選びなさいということになり東を受験というよりせざるを得なかった、ほんと何度も懺悔したいのがもっと勉強するべきだったという事、親も悲しいし祖父もくぁ、地元の公立も落ちたのかよって当時は傷心の中のスタートだった、後思ったのが簡単な大学や高校ほど解けない問題が大いことですねレベルが高い学校ほど解ける問題が多いような気がする。入試で思ったのがもうボロボロ。入学したての頃また実力考査が始まりクラスを分ける作業だったのですが、懲りない僕はまた勉強せずにそのまま突っ込んだ、クラスメイト達は進学クラスへと巣立って行った。当時は何で勉強するのかって思っていた、関係のない事象ばかりでしょってしかし片道1時間かけて通う学校、途中ですれ違う公立学校の生徒たち近所にごまんと進学校があってそれらを素通りして通う様は奇異だった。俺の人生何処か吹き抜けてしまった、そんな傷心に追い打ちをかけるようにキャンパスライフが待ち構えていた。当時は人人人の山一学年1000人くらいしかも男だけ、この年は丁度試験要綱も変わり上手く対応できなかった人間が多くて、関係者も予定以外の入学者を迎えてしまいました、これも我々の嬉しい悲鳴です。大体2000人受けたら落ちるのが一割らしいですだから200人くらいしか落とさない受験というより迎えに実質近い。社会はなぜもこう厳しかったのか結局高校時代もゲームに入り浸っていたわけですが一つ違うことがある、自分の力を少し信じて見る、それだけの油が後で萌芽していく

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