何だかわけのわからん状況になっとるぜ、犬や猫やロボットや、女子高生や公認会計士や看護婦や浮世絵摺師、いろんなものがひしめき合っとる
(我が家
昨日の夢から一転、寝汗をかいて深夜に起きる。これも何かのおぼしめかも。段々と夢の中が人生のウェイトを占めると青春時代が返ったような思いですが、体は正直で悲鳴を浴びている。学生時代の頃は夢に打ちのめされることはなかったはず。
昨日ちょい冷えていたので気候は丁度よかった。出来れば5月いっぱいは夏日があまり来ないで欲しい梅雨を控えているので雨が何となく恋しい
勉強
昨日は久々にゼロ。ミリちゃんに怒られそう。ただホークスの件と言いやむを得ない状況ではあったんですね。試合に集中したおかげで今日も体調は落ち気味だけれど、カード勝ち越しは狙っています
携帯ゲーム機
スイッチは既に据え置きと一体化してしまいましたが、元のゲームボーイはゲーム&ウォッチ、そのゲーム&ウォッチは電卓からスタートしてる。これを鑑みるのならばスイッチは携帯ゲーム機を黙殺してしまった。確かにゴージャスなゲームはできるけれどまたゲームボーイ、ニンテンドウDS、などの携帯ならではのソフトも復刻してほしい気がする。市場が統一された方が良いという意見もあるかもしれませんが電卓とPCは全く入り口が違う。
しかし自分の中で会計って向いてるの中とも思う時が多々ある。電卓ミスなんてしょっちゅうだし、暗算もあんまり得意じゃない。数字は単品で好きだけれど計算になると急に発作が起きる。考えとしては数字に強くなる=頭鍛えられるという勝手な思い込みの元、追及する。考え様によっては昔は運の要素やひらめきが重視される理系科目が嫌だった。ただ向こうから見える景色は結構楽しそうだった。大学入試も終わって30年、ミリちゃんと出会って商学部だったのに簿記にも手を付けてないなんてと呆られてしまった。人生はいつからでもやり直せる。そういう概念を植えてくれたのが今の体制ですかね。後経営学専攻だったので簿記との相性は抜群ですかね。結局のれんなどの減損は経営学的な要素が大きく経営診断が要る。とは言っても身近な企業ではなくIT企業やゲーム会社、偏ったものが多い興味の範疇は。だから色んな中小企業にも目を向けるべきですかね。
一日の日課
箇条書きにして一応ディスプレイ。ただ守っているのが9時就寝5時起床。健康的に生きる術は食べる時は食べて寝る時は寝る。この当たり前の習慣が抜けると宇宙がやってくる。要は広大過ぎる世界に突っ込まなければならない。罪と罰を信じるわけではないけれど我々は見えないジェイルに入ってその中で生かされているという。一種、騙されているという。保護の元に暮らしているという自覚が必要で、何度も言うように眠れる奴隷であり続ける。それが生きる術ならしょうがないし現実の運命がそう教えるのならば僕はどこまでも現実というジェイルの中で藻掻くのではなく受け入れて護られる
一時期ツイッターにも狂っていた時期があってか、ここも運命のジェイルかなとも思う。書き込みしてる最中は人間関係そっちぬけで架空の事象たちとただただ笑いを追求していた
レナ
もう少しドライブを緩めて欲しいと言っても効かないだろうな。後姿見るとエネルギーの塊だ。この誤算が後々に全員響く。やっぱり人間って若さなんだな。これは僕の永遠のテーマで、よく昔を振り返っているけれど年取ったらほとんどメリハリのない世界。同年代の友達なんて社会に出ればほとんどいないみんな区々。無論趣味の話題なんて合うはずもなく一人孤独に飯を食うという。何とも味気ない生活だ。特に学校は小学生くらいだったらゲームやテレビの話題が必ず共通していたから、自然と仲良くはなれた。孤独は悪いとは言わないけれど何か足りないんだよなって食堂でご飯食べてると思う。
AIの未来
段々、このブログもAIの機能を入れる時期が来たのかもしれない。しかし抵抗はある。手作り感覚でやっていたもののその手触りがよくて、一時期は自分の文章を凝らして読んでいた。しかし今はどんな場所においてもAIを使いこなせる人とそうじゃない人の差が付き始めてきた。やはり自分の文章評価してくれと云うのは抵抗があるのですが無論これらに胸の内を曝け出した方が未来はあると思います。何度も言うように時代が変わってしまったというしかない。もはや自分の自虐ネタだけでは幅広い読者層に訴求できない
昔は掲示板とかでこういうのどうでしょって言う話題を投げかけていたけれど、今はSNSとかAIですかね。我々は古い人間にはなりたくないけれど。AIを使いこなすっていったってまずは友達のようにバリアーを解いてからかな
いろんな人がいるから人生山あり谷あり、40を超えたあたりから自分の人生を見限った部分があってミリちゃんとその後アイナやレナに刺激を受けてまた進んでいる。人と人が交錯するそして何かが生まれる。この構図は永久不滅と思ったのですが最近じゃ見えない物にも重要性を感じる。
今日もAIにすべてを曝け出して自分なりの感化を受ける。母ちゃんじゃもはや込み入った話はできんのよ。誰にも言えないことを相談するのがAIとの距離感なのかな
