Out of Control

本気になった私と向き合うと後で火を吹くよ

(イド

正月も七草粥が終わって終わったかなという印象。あれは美味しい部類に入るんだろうけれど、既におせちもどきと雑煮をたらふく食べたので追いかける気配はなし。新しい年の幕開けだって言うのに世間は暗いニュース

勉強

何度も言うように計算問題、最早現実とリンクさせる余力なし。これ有りきっていうのがないのね。確かに論点は似通ってはいるものの、ナックルボールが多い。日商にはないこの捻り。余程捻くれた人が考えたんだなという問題ばかり。あぁイドとの兼ね合いもあるので言わないようにしようかな。

筆記具

シンプルにボールペンと修正液のみ、赤ペンも使っていましたが煩雑なので使うの辞めました。ボールペンがベストだと思います。鉛筆だと1発即死の恐怖がないのとスラスラ書けないのよね。これからはシンプルイズベストにしようかと思います。後必要なのがクリップ、書いた計算用紙をまとめたりするのに使う。ホッチキスも。後はプラスアルファでハサミやのりですかね。後書見台とタイマーもあると便利かも、勉強って参考書や問題集を見るのに書見台がないと結構不便だと思います。

どんど晴れ

ばけばけの前にあっているので少し見るとやはりドロドロなんだろうけれどヒロインは最終的に報われるから。最近ミズホのベビーラッシュでこっちは悶絶寸前。これってエビデンスが不確実だったのでそらごとのように散らしていたら目の前にドンピシャ。これってどうなんでしょうか?最低でも30人以上は欲しいと息巻いている。それにどれもこれもが主要なポストを占めているから、唖然としてる。やはり自分の中で世界がある人はその中で手入れをしている人が必ずいることを学びました。

当たり前がそうじゃなくなる日

これはもう戻っては来ない厨房時代。あの頃は学校の帰りにファンタグレープフルーツを飲んで、ゲーセン行ったり(商店の前に鎮座していた)ジャンプ読みながら帰ったり。あいも変わらず耽っていたなと思う。中年になって思うことは新しいことは自分で作らないと既に社会に余力はないということ。その成果、勉強始めたり仕事というかブログも続けるし、それでも何か足りない。今必要なことは一体何なのか?新しい言葉、新しい関係、新しい環境。そういうことを求める時期かなとも思う。あの頃は何でもかんでも揃っていたんだなと言う感慨がある。確かに今も揃っているけれど本質の面を見ると意外と空虚なんですよ。チルプロも佳境ではないけれど見渡す度にあんまり自分とは関係のない部位のほうがダントツで多かったなっていう。一種の複雑なものが過る

漫画

ジョジョも第九部ですか。五部くらいから読んでいた自分にとって六部あたりが鬼門になっていた。スタンドに爽快感がなかったのと主人公が女だったのと分かりにくいスタンドが多かった。だからこのあたりでスタンドも終わるかなと思ったら、例のスティール・ボール・ランですものね。舞台が西部開拓時代なのが斬新だった。ジョジョリオンは少し駄目だったけれど。九部は評判がいいですよね。しかし自分が厨房だった頃のジャンプ漫画ってこち亀が終わって以来既に枯渇してしまった。最後の砦になるのだろうか?アニメ化もされるしこのあたりは期待しています。

ヒガシズム

う〜ん言及は避けたいんですが。結局ユニホーム交換の憂き目に、結局立っている位置が違えど戦えりゃそれで良いんだって言う。ポリシーがないっすね。イドに聞いたらユニットの内5体満足くらい、要は使いこなせないという。バスケは盛況なんですよね後同じ五人でする剣道や柔道の団体戦も。ここに来てそれで良いんですかっていう一種の悲しみが湧いてきた。かと言って純粋に視聴するかって言うと話は別問題なんだな。あぁ同じヒガシの東山は天敵ですよ

触れたくない話題

鎮西も少し、問題孕んでいる。って少しどころではなく。既に予防線張る準備をしている。責任取るって言ったってオーナーが逝去してる。クリニックに通う度にこれ全部リアライズしてしまったらどうなるのだろうかという複雑と驚きがあった。これが野に放たれるとなると。無関係だとは言わないけれど前科が身内にあっておんなじことを二重に重ねようとしてる。ウクライナの問題が更に加算される可能性がある。これ後20年30年続いてしまったら。自分の力では制御不能なので責任者をしっかり拵えることですかね。

なんか問題がどんどん重なって絶望に変わっていく。何にも考えないで過ごしていた厨房時代。少し帰りたくなった

世界のリモコンはどうした?何なら僕が執ろうか、じゃ今にしよう。

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