世間の風

今回私が渡米を決意したのは今の日本では弱者の救済にはならないという大義です。ここは何でもあるわけではないですが行動の自由が許されている。今の私があるのは弱い立場の人種があってこそだったのです。

(アートマン

優秀な人材と勘違いされあの日の僕はただ。かく言う今日も冷えております。何だかな、良いことが起きないかな。テレビ見ると滅裂するようなことばかりだし。このアナーキーな現状を打破したい。何が言いたいのかって言うと外に出ないとおもろいことないよって

勉強

連結で躓く。これ分かりにくいな。簿記をやっていると必ず挫折する目に遭うけれど。避けて通っていたのが災いしちゃった。これ一冊専門の本を買ったほうが良いと思いますね。子会社と親会社のやり取りだと相殺しなきゃならないことが前提だし。ダウンストリームとアップストリームの差がわからないともいけないし。まだ避けていた論点があって特殊商品売買や社債も完璧に覚えていない。あぁ簿記は奥が深い。

No.8

最初は景気よく採用していたけれど段々みんなメモカのブロック数を上回る勢いで使っちゃうから他の人間に皺寄せが行ってしまった。特にコナミには思い入れが深かったので気の毒に見えた。ファクトリーには確かに将棋盤や囲碁盤で対戦したこと一杯ありますよ。これもアーケードなんだろうけれど。特に考えなかったけれど。後で松たか子や 割愛 を見ていたらあぁやっぱりあの当時から知っていたんだねという。因果の間を知る。これから財政はともかく精神や時間の面でも強いられてくる。

しかし、話はすり替わるけれど曼陀3の出来はどうかなと思う。首をひねるどころか。これ同人ゲームじゃないのかっていう。やはり今のコナミには外注任せにするしか人材がいないのですかね。トレジャーのグラ5もこれは違うという思いが交錯した。スルメゲーなんですがやっぱりコナミのように一般性がない。

来年は午年になるな。既に年男にまたなってしまう。ここまで年を取ると有り難みが無くなってしまう。子供の頃は一つ重ねるだけでなんかワクワクしてきた。今はまた年を取ったなと鏡を見るなり体の衰えを憂う

悪いことばかりでもなく、精神が醸造されていくのがわかる。知識が知恵に知恵が生活に染み込んでいく。こんな体験幼少の頃はなかった。コケたらすぐに立ち上がってまた同じことをするみたいな。反省も自戒もほとんどなし。段々年を取るとライバルが若い頃の自分になっちまうんですよ。あの頃はこんな事ができたのにって。いま単車運転したら何処かで事故ってしまうだろうな。400ccでも引き起こし出来るかなっていう。

監督

今のところ特別な指示はなし、ただ総監督が戻ってきて修正事項が大分増えたんですね。今年は稲荷神社に欠かさず参拝したので商売繁盛というのれんは高らかに掲げられている。肝心の氏神様は利権が跋扈して魔都のように混沌としてきた。やはり神様も人間もシンプルイズベストだと思った。態度や姿勢を相手に素直に向けられたのなら多分変わると思う

下馬評では国栃が今年は強いと言うし、桐蔭と大阪桐蔭は家庭絡みだし。肝心のヒガシはと言うと特別なことはしていない。ただ氏神有りきか崇敬有りきか神宮大麻有りきか色々選択は変わっては来るんですよね。

時々夢と現実の狭間であっ俺って何してんだろうって我に返る瞬間がある。特に現実にビンタされるとき。それらを護るものが夢とか理想であったり。しかし、現実くらい夢見させてくれよって思ったら末期状態かな。冷たい風に当たりなっせとことんバシバシ叩かれなっせ。そう周りの人が囁く

夢も理想も女神はいますが最近じゃ自分から近づきたいとは思わなくなった。

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