Scream

君みたいな小人輩は何でもできるからな。

(ドストエフスキー

自分に甘く人に厳しい。そんな最低の人間になりたくない。気合を充填して今日こそはと挑んだんだけれどさ。何だか締まりの無い1日になっている。大体朝起きて簿記勉始めようかなと思ったら朝ドラを見てしまう。おむすびではなくちょっちゃん。これが意外と面白い。みなさんも皆が勧めているものもいいですが自分で吟味してみるのも良いかも。結構ね、この年になると多様化して趣味が違うのよ

VS 伊勢神宮

今日のバウトは実質決勝でした。自分の中で。正直桐蔭が上がって来てもこっちは旨味もなんともない。親父は大阪桐蔭が死ぬほど大好きでした。理由はすべてを担っているからお金が大好きだから。こんなテーマにメスを入れるのも自分としてはすごく複雑で、親父の生き様ではなくお金に対する哲学が大嫌いで、お金のケースになると嘘を平然とつくところに静かな怒りを覚えていました。しかし、99.9%負ける直前だった。結局どっちつかずの結果なのでしょう。社会的に的外れな自分たちでも勝利の女神は微笑んでくれた。次は更に深い京都戦。ただ静かに落ち着く。

人間関係

今は刷新されつつある中で、新しい関係をゆっくり築くようにしています。すぐに手に入れたものはすぐに駄目になる。しかし、昔の縁故を見ていると時間さえかければいいってものでもない。実際祖父や祖母がいなくなって宙ぶらりんな関係が続いている。正月呼ぶにしてもお金はそっちで出してくださいとこれもきっつい関係。結局カネ絡みのない関係を望んでいたら本当にお金の女神様たちがやってきた。無論、お金のことは特に言わないけれど、初期のフルスペックでここまで差が出ると人間素質が99%と言えるのではと勘違いしてしまいそうだ。実際本物だから出せるんだよって言い聞かさせてる。

今は偽物が本物に打ち勝つことがメジャリティのような気もする。無論90年代から偽ものと本物の混合のような時代があった。今はプロレスのように結果が極まっているような気がする。

冒頭で親父のこと散々言ったけれど、その場しのぎで生きてきた自分にとって、あぁ俺って父親に似てきたんだろうなって思う。現にお金の哲学が親族と合わない。じゃどうすればいいっていう話になれば、第三者で適合する人を見つければ良い。昔ならこんな途方も無い胡散臭そうな世間に誰を求めるんだろうって思っていた。いつの間にか孤独を楽しむようになった。誰かの笑い声が聞こえるようになった。気づけば囲まれていた。

自分の門戸を開けば理想の人間は降りてくる。本音で話し合わず猿のようにブラックユーモアを飛ばし合い、キャッキャ笑う。そんな下品な番組をこれから延々と眺めるだけだろうか?そこの君、なにか自分の意見は?自分はどうなりたいとか、神にとってどうなりたいのか?こんなバカしあいははうんざりだ。

今日のスポンサーは数学の教師でした。

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