私が平等という言葉を悟ったのが機会の均等性を見て自分で取りに行く自由意志だけは平等という事だった。
(女将
何なら私の命も捧げましょうか、と言いたくなるほど今の女将は判断能力を失いつつある。特に航空便で来ると身ぐるみ剥がされて入場するので仕事が展開できず現地調達。顰蹙買うしかない。みんな我慢している。我々もその板挟みになっている。誰もが幸せになることなんて不可能なんだから喜びも悲しみもみんなその常々噛みしめるしかない。以上呟きでした。
集荷
ワームホール理論だと一瞬で移動できるはずですが日曜日のパソナの親玉の人はワームを使ってやってきた。宇宙にはこの他にホワイトホールとブラックホールがあります。実質太陽は白なので。銀河の中心にはどでかいクエーサーというブラックホールがある。太陽も公転しているので多分銀河もどこかを中心に回っている。問題の集荷した品はまずまずといったところ出来に関しては卒がなく文句の付け所がないです。前に集荷した血まみれのフォードと似てはいるんですよ。双子か兄弟かなと思うくらい。それくらいフォードは双子が多い。東福岡も気持ちが悪いという人多いけれど生き物の摂理って一夫多妻は当たり前だからね、自然動物見てもわかるけれど。
学問のすすぬ
漫画はおやつである。手塚治虫が残した深い言葉。しかしこれで学習する人っているんじゃないかな?私は小さい頃漫画で日本史を勉強したけれど、漫画とゲームは分けていたはずなのにここに来て追いついてきているんですよね。30代のリーマン時代セガゲーで慰めてもらっていたお父さん。ソニーもセガもおとなになってもゲームを続ける人間がいることを予想していた。新作を勧めたりはしませんが当時を懐かしむうえでも必要だと思いました。
YouTube
最近はテレビはあんまり気にせずにこればっかりを見ている。教則のビデオは腐るほどあるので取っ掛かりにはもってこいです。昔浮世絵今漫画、昔テレビ今YouTube。このフレーズが浮かぶ。扱っている題材が面白いのでついつい見てしまう。ユーチューバーの収入は減ってはいるけれどこれを宣伝に別の販促をすると良いかも商品売ったりライブの告知をしたり。
朝ドラ
何となく見ているけれどこれって最初に比べてかなりスケールダウンしていない?人が大分変わって減ったような。らんまんの時は浜辺美波の英気がどんどん鋭くなっていったような気がする。おかげで最後は夫の夢を最後まで見届けるという初志貫徹を貫いた。今度のヒロインは少し身勝手なような気もする。最後までどうなるかはわからないけれどなんか微妙
女将の言う通り市場はごった返している。みんな機会の均等か平等か知らないけれどそれらが存在するのかわからない。地球の半径に回っている星なんて月くらい。太陽も少し離れてアンドロメダ銀河なんて見えもしない。この距離の差は苦しいよ。今度いつ会えるのか?
お前も俺も私も僕もみんな腹括れってそんないきなり無茶苦茶だ。
