−50℃の愛情

思っていた、こうなる自分とそうなって欲しくない自分。今は自分の事を理解してくれる人に囲まれている。大人社会にはまだ馴染めないけれど

(穂乃香

人知れず、何処かで産声が上がる。未だに臨床自体は少ないけれどチルドレンはいる。類に漏れずその中のひとりだけれどここに来て父親の愛情がない。コンパスのないような人生だから非常に困った。相方は相変わらずマイペースでやってるけれど父性のない人生はやはりなにかが足りなかった。何処か昔は牧歌的だったんですよね。無いなら良いんじゃないのって私もその中のひとりだった。

ここに来て思うことは金欠がとことん突き詰めてあること。愛の一種だと思うけれど。酷いと思う。投資信託なり株なり殖やす方法はあるけれどあまりおすすめできない。やはり、金は天下の回りもの。このギリギリのラインを今探っています。

初期の頃は皆野心に燃えていた。新しいスタンダードを創るんだと。ここにきてゴールが見えつつ有る。何もかも見え透いていて大人は未来をしこたま見た上で現在を進めてはいる。それが何処へ行き着くのか?答えは死ぬ時になるまでわからない

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