また出会うとき

この世には神を信じたくても信じれない人たちだらけなんですよ。

(無宗派

別に神を信じたくないじゃなく、いろんな諸事情で。宗教を持たない人間たちは物や家族、お金やその他諸々もの身の回りのものを信じる。今回ダイキャストに拘泥している神々を見ていて我々にチャンスは有るのかもと意を決して近づいてみたら何のことはない。一つの世界に戻ることを示唆している。金持ち上流階級、有識者以外はありがたくもなんともない。こんな閉じた空間はゴメンなので我々も何とか策を練っている最中です。

見て見ぬ振りをする

歴史を振り返ってみて思うことはこれに尽きる。というより心の喚き声が聞こえなかったんだね。想像以上に傷ついていた、我々は容赦なく陵辱や無茶を要求した。部活を辞めさせた永野さん、大学を中退させた菊池さん。これらは後になって英雄として崇められる。そのまま進んでいった我々は記憶の彼方に消える。

あなた達も何かあるんでしょと言われると思うけれど唯生きていただけ。これからどうすれば良いのかまだわからない。自分たちのことを振り返ってもらっても、そんな事があったねくらいで。

これを他人事と捉えるのか、自分もそうだろうなと思うかでまた道が分かれる。特に就職の面接も結構根強い。門前払いした時点でまた世界が分岐している。もしも、もしも、もしもこんなことを指折り数えるようになったら答えはあなただけにあるけれど結局何処にも繋がらない道になる

今回はナーバスに仕上げたんですが思ったより描けないものだね。この積年は唯見ているだけでも重罪になるなんて当時は思ってもなかった。まだ描けなかった夢達。そんな残骸がいっぱい転がっている。特の無常さと残酷さを改めて噛みしめる

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中