赤の時代

真の阿呆とは自分以外の人間全てを阿呆だと思っていることだ

(?

その時俺は22歳だったんだよ。環境もすべて整っていた、奇麗な人にも囲まれていた。何でもできるんじゃないかってそしたら周りは皆見えなくなっていた。すべてが充実した中で生まれたのが赤の広場。東京と同義語だ。ここに人材派遣しないと成り立たない。市場としてはこの上ない破壊力を持っている。何も見えない中必死ではじけた時代はのちに広大な世界となる。今自分に足りないのは燃えるような情熱、とは言っても20代のようなものは期待できないけれど。好きなことを目いっぱい追いかけるのはとても理に叶っていた。このまま惰性で終わりたくない。ただ悔しいです

計画

スタジアムに行けば戦いがわんさか始まる中で思ったのが、世の中思ったより広い自分よりも数段上の人間がごまんといる。これからは胸を借りるつもりでサーキットを周回するわけですがこれが面白いかと言われると首を捻る。出来ることはあるけれど、楽しい事じゃないわな我慢の将棋だ。特にギターコードのように覚えるだけ腕が上がるようにボキャブラリーは増えるよ

まとめ

特に今年はパソナの人材が来なくて少し物足りなかった、水面下では動いていたんだな。どんな人材も自由自在に作れるのでこっちの方角からもチェックした方が良いかと

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