追憶其二

右も左もわからない時代何が確かだったのか

我武者羅にもがいているっていうだけで青春だった

(17歳の手記

大体自彊館は一学年1000人いて(男子だけで)

20クラスある

一年が終わるときクラス編成が始まり

理系は三割

あと4クラス隔離された別棟に特進クラス

所謂自彊館と呼ばれる校舎に入る

僕は文系の特クラに入るわけですが当時勉強が嫌でしょうがなかった

しかし普通クラスに入ってまた荒れた環境に入るのが嫌だったので

(普通クラスは部活動専門といったイメージがある)

後半猛チャージで成績を残した

面接で担当の先生にうちに来るかといった確認を受けたとき

何かが始まる予感がした

なぜヒガシと自彊館を分けて呼ぶか

部活動やっている人間と進学クラスの人間は雲泥の差があるんですよ

(今はそうでもないらしいけれど

ずば抜けた出木杉タイプの人は自彊館に行ってしまった

一年の頃は居眠りもしたし

殆ど授業も上の空だった

この学校で一つ才能を貰うことを予期することもなく

続く

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